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“脳神経外科医”
と聞いてどんな人物を想像するだろうか。
私は隠しきれないナチュラルボーンお医者様臭を漂わせるスマートな人物を想像していた。
胸元にはスタイラスペン、ネクタイはエルメス。
支払いはもちろん、アメックスのブラックカードで。
なんていうのをさらりとやってのけるような人物に違いない。
と、思いこんでいた。
しかし
ゆるい、ゆるすぎる。
私の主治医はスマートさにおいて著しく欠けていた。
正直に申し上げると私はデブだからか、注射を刺す事がとても難儀だった。
しかも点滴が安定しなくて持ってせいぜい3日ぐらいが関の山で、
ちょくちょく刺し変えが必要だった。
差し替えるとなると、まずやってきた看護師が2回くらいチャレンジして、
ちょっと上手い看護師にバトンタッチして、運が良ければそこでオッケーなのだが
そんなにうまくはいかない。
いったいなにを言っているのか。
それから主治医を呼んで刺してもらうという流れが多かった。
注射をさす事に男らしさが必要なのかは分からない。
しかし私に注射針をさす事が簡単でない事を伺わせる一言だったと思う。
その後「真剣に血管出してね」という人生初のオーダーに戸惑いつつも善処するも、あえなく撃沈した。
はじめからそうしろと。
そしておもむろに腕をぷにぷにと押しながら
血管を出す事に気合いが必要なのかは分からない。
しかしこれもまた、私に注射針をさす事が簡単でない事を伺わせる一言だったと思う事にした。
しかしそうこうしながら5回くらい失敗し、「痛いけどしょうがないから」と足の甲(超痛い)もチャレンジしてそれでもうまくいかず結局は手首付近に設置された。
けれどこの部位
結構動かすのでよく警告音が鳴る。
看護師はあまり動かさないでねと言うが、食事時は使わざるを得ないのでピロピロと、お昼時のマクドナルドかってくらい鳴った。
そんな苦労した点滴だが、その夜には刺した部分が痛くなってしまった。
看護師を呼ぶと、当たり前のようにその看護師が失敗していって主治医は帰ってしまっていたので当直の別の先生に点滴の針を刺してもらう事になった。
その先生は颯爽とやってきて、3秒くらい腕を触って
と言ってものの10秒くらいで針を刺して点滴がすぐに安定したので、
また颯爽と白衣を翻して去っていった。
これだ、これが通常予測される医者の注射なんだ。
と思った。
さすがお医者様だ、看護師とは格が違いますね。
というのが自然なのだ、と思った。
翌日
麻酔科の診察があるので珍しく病棟を出て1階の診察エリアに行くと、
なんかよくわからないステップでふらふらと歩いてる主治医を見かけた。
主治医の足取りにオノマトペを付加するなら「ふらふら」とか「よたよた」などヤバそうなものだった。
しかし私はその姿を見てどういうわけか
と確信した。
手術の直前。
手術室にストレッチャーに寝かされたまま入室した私は、手術室のそのメカニカルで仰々しい装置の数々に、まるで田舎から出てきて始めて渋谷ハチ公前に降り立ったかのようにキョロキョロしていると
と、良い歳こいてキョロキョロしているのを指摘されて恥ずかしさから「えへへ」などと更に恥ずかしい反応で上塗りをすると、主治医は「そうでしょう」と微笑んで言葉を続けた。
仰々しい装置を背に、青いオペ着を纏った先生の姿はさながら観音菩薩のようだと思った。
しかしこれから開頭手術をする患者に面と向かって
「普段どんくさい」
という通常であれば使ってはならない形容詞でもって自身を修飾してみせた主治医のセンスに
笑わずにはいられなかった。
そのまま麻酔をかけられ、目がさめると手術は終わっていた。
私にはあまりにも一瞬の出来事だったので、「もしかして麻酔が切れちゃったのではないか」
と焦りまくったが、ほどなく会話が聞こえてきて手術が終わった事を知った。
手術室からICUに移されてから主治医が私に向かって言う。
と思った。
手術とかそういうのではなく、自分が手術した患者に対して「生きてる?」って聞く事がだ。
彼だけに許された鉄板ネタなのだろう、と思った。
手術は予定していた時間より遥かに早く終わったらしく、その話を聞いた私は「やっぱりこの先生は天才だったか」
と思ったが、やはり点滴だけは別だ。
夜間は当直の先生が出てくるというシステムを知ってからは、ちょっと痛いくらいだったら我慢して、主治医ではない先生狙いでナースコールを押していたがたまに。
先生ありがと。面白かったよ。